種名が混乱状態にあるバルボフィラムBulb.nymphopolitanum complex

 Bulb. nymphopolitanum complex (近縁種あるいは似た者同士)とされる種はいずれもフィリピン生息種で、Bulb. basisetumBulb. trigonosepalumと共にBulb. mearnsiiBulb.papulosumBulb. recurvilabreBulb. levanaeなどとなります。現在これらのネット上での種名とその花画像は、支離滅裂で収拾がつかない状態にあります。似た者同士で同定が困難は種はデンドロビウムのCalcarifera節の中にも一部見られますが、これほど混乱しているcomplexは他に知りません。orchidspecies.comですら情報は曖昧です。そこでPhilippine Native Orchid Species Jan. 2011, J. cootes著を基に以下に整理してみました。

 多くのケースで種の同定は花形状全体が明らかに異なる場合は兎も角、近縁種とされる種の間ではLabellum(リップと呼ばれる)形状が同定の判断にしばしば用いられます。これはセパル・ペタルの形状やカラーフォームと比較して、リップは生息地や環境変化に影響を受けにくい種固有の特徴を保持しているとされるからです。下写真はcomplexの中のBulb. basisetumBulb. nymphopolitanumBulb. trigonosepalumのセパル・ペタルとリップをそれぞれ比較したものです。

写真1 Bulb. basisetum
写真2 Bulb. nymphopolitanum
写真3 Bulb. trigonosepalum

 上の画像からは種それぞれが形状的に明らかに異なることが分かり、同定は誰にでも容易にできると思われるかも知れませんが、それほど簡単ではありません。まずorchidspecies.com記載 (以下OSCという)のBulb. nymphopolitanumを検索すると上写真2のBulb. nymphopolitanumとは全く異なる画像が現れます。どちらが正しいのか?壁に突き当たります。Philippine Native Orchid Species著書 (以下PNOという)引用の画像はこちらとなり、上図の中央と同じです。その違いは、OSCにはリップ中央弁のイボ状凹凸が無いこと、またPNOではラテラルセパルの長さと幅がそれぞれ3.cmx1cmと記載され、その3.5:1の比率に対しOSCに見られる画像の比率は5倍程となっており、またリップの長さを1.5cm程とすると、リップとラテラルセパルの長さの比率がPNOは2倍程であるのに対してOSC画像は4倍ほどとなっています。すなわちPNOのBulb. nymphopolitanumの花はずんぐりしているのに対し、OSCの花はラテラルセパルが長く伸びて、すんなりしており、どちらかと云えばOSCの画像はBulb. basisetumの花形状に近いものです。ネット画像の大半を占める販売業者サイトの情報はさらに惨憺たる状態で、Bulb. basisetumBulb. recurvilabreBulb. trigonosepalumまでがBulb. nymphopolitanumと命名されている画像が多数あります。おそらくほとんどの業者は種名と花との対応付けにorchidspecies.comを倣ったと思います。

Bulb. basisetsumは緩やかな(皺状)凹凸がリップ中央弁全体にあり、またBulb. trigonosealumのリップは凹凸が無く、スムーズで他と区別ができます。しかしorchidspecies.comでのBulb. trigonosealumAnother Color formのリンク画像は、そのリップに滑らかさはなくBulb. basisetsumのような皺状の凹凸が見られ別種と思われる画像であり、PNOで云うBulb. trigonosealumとは異なります。

 次にBulb. nymphopolitanumに近い他の形状種はBulb. mearnsiiです。ラテラルセパルはBulb. trigonosealumほど細長くは無く、リップとラテラルセパルの長さの比率が両者はそれぞれ似ています。下写真4, 5はBulb. nymphopolitanumBulb. mearnsiiとを比較したものです。Bulb. nymphopolitanumは上写真と同じ種で側面からの撮影です。写真4のBulb. mearnsiiとは花色が異なるものの形状的には似たところがあります。花色は種の同定に決定的な条件とはなりません。大きな違いはリップの中央弁表面の凹凸とされ、Bulb. mearnsiiでは凹凸が中央弁の中央に寄っているのに対して、Bulb. nymphopolitanumでは全体に拡がっているとされます。またBulb. mearnsiiでは凹凸が棘状ですがBulb. nymphopolitanumではイボ状です。このBulb. mearnsii棘状はイボ状に近い形状のものも稀に見られます。直感的には色とセパル・ペタルのドットフォームで分かりますが、厳密には上記の確認が必要とされます。Bulb. mearnsiiは比較的本物の画像がネットには多いものの、中にはBulb. basisetsumのような画像Bulb. cootesiiBulb. meansiiとする画像もあります。ランの知識のない人がオークションで販売しているのではなく、よく知られたラン園でもこのような状態です。

写真4 Bulb. mearnsii
写真5 Bulb. nymphopolitanum

  下写真6, 7はBulb.papulosumBulb. recurvilabreです。前者はドーサルおよびラテラルセパルに斑点があることが特徴とされます。しかしこうした斑点フォームの有無は種の判定の決定要因にはなりません。それを示すのが右のBulb. recurvilabreで、上下で同じ種ですが下段はラテラルセセパルに上段に見られるような目立った斑点がありません。一方、Bulb.papulosumはリップ中央弁全体にイボ状の凹凸がある一方で、Bulb. recurvilabreにはBulb. trigonosepalumほどフラットではないものの皺状の凹凸がリップ表面に見られ、また中央弁には他種には無い2つのくびれがあり、蕊柱に近い部分は大きく膨らんでいます。

写真6 Bulb.papulosum
写真7 Bulb. recurvilabre

 多くの資料には花形状だけでなくバルブ形状、花茎の長さや葉サイズ等の情報もありますが、これらは要素全てをANDした上で種判定の参考にはなっても、環境によって大きな変化が見られ、その一つ一つは決定的な条件にはなりにくいと云えます。例えば下写真の手前2株はBulb. nymphopolitanumで、いずれもセパルペタル共に濃赤色の花が付いています。前の長い葉は31cm、後ろの葉は15cm程です。同じFSサイズであってもこれほどに葉長が異なります。一方でPNOでは本種を最大(up to)葉長12cmとしていますが、Bulb. nymphopolitanum complexの中で12cmを最大長とする種はこれまで見たことがありません。何かの間違いか、たまたま分類サンプル株がそうであったのではと思います。

写真8 Bulb. nymphopolitanum

Bulb. levanaeについては1915年登録とされているものの2011年出版のPNOには記載が無いことから上記いずれかのシノニムとの解釈がされたものと思われます。orchidspecies.comのBulb. levanae画像からは、リップにイボ状の凹凸が無く表面は滑らかでBulb. trigonosepalumのように見えます。さらに相当混乱しているのでは思われるのはそのページのAnother Angle(角度を変えての画像)のリンク先の画像に何故かセパル・ペタルが黄色の花画像が掲載され、こちらのリップ中央弁には凹凸が見えます。上記したようにネット上でのこれら近縁種はまるで纏まりがありません。

 さて本題は以下の種にあります。この種は2017年5月にミンダナオ島から入荷されたもので、同年7月の歳月記にも取り上げましたが、リップ中央弁表面が滑らかであることとBulb. trigonosepalumには黄色フォームがあるとのPNOでの記載から、当サイトの株はラテラルセパルが4cmと短い(PNOでのBulb. trigonosepalumではラテラルセパル長が6cmとされる)もののBulb. trigonosepalumの一つのフォームとしてこれまで扱ってきました。しかしミンダナオ島にはBulb. trigonosepalumの生息は現在知られておらず、これまでBulb. trigonosepalumと共にそれぞれ20株程の栽培を通して同一環境で開花期などが異なることやバルブ形状も異なることなることから亜種か別種の可能性も考えられ、今後は匂いの違いなど詳細を調べる予定です。下写真9, 10は正月から現在浜松にて開花中の花で、当面Bulb. trigonosepalum aff.(近縁種)としておきます。

 一方、orchidspecies.comのBulb. basisetsumと思われるBulb. nymphopolitanum画像種は、多数の販売業者も同じ画像を掲載していることから容易に入手できると思いますが、このページで取り上げたPNOのBulb. nymphopolitanumすなわち当サイトと同種は、5年前の入荷以来途絶えており、PNOおよび当サイト以外の1-2例を除いてネット上でもほとんど見られず、生息地であるミンドロ島もコメやトウモロコシのプランテーションが進み絶滅のリスクも高いと思われ、現在2株の在庫しかないことから自家交配を行い保存を試みることにしました。なおこのページで取り上げた全ての画像は当サイトで撮影したものです。

写真9 Bulb. trigonosepalum aff. Yellow form
写真10 Bulb. trigonosepalum aff. Yellow form