本サイトではランの生息環境情報について高温、中温、クールおよびコールドタイプの4つの温度帯に分けています。ここでタイプとは栽培者にとっての、それぞれの種が良好な成長を得るための重要な栽培適正温度も示唆しており、これらはorchidspeices.comの情報や発表論文また本サイトの栽培経験などを参考にしたものです。それぞれのタイプの詳細は 以下となります。
高温タイプ (海抜0m – 800m生息種) 夜間平均温度20℃ – 28℃
中温タイプ (標高800m – 1,500m) 夜間平均温度18℃ – 22℃
クールタイプ (標高1,500m – 2,000m) 夜間平均温度14℃ – 18℃
コールドタイプ (標高2,000m 以上) 夜間平均温度10℃ – 15℃
タイからベトナム、フィリピン、ボルネオ島、マレーシア、インドネシア、ニューギニアなど赤道から離れた地域と直下では標高が同じであっても気温が異なるため、上記は一つの目安で、地域により特に中温からクールタイプは±400m程の標高差があり夜間平均温度も若干変化します。上記は東南アジアを中心とする定義で、南米のランはこれまでの経験からラン園の定めた、特に中温およびクールタイプについては、一段低温側の温度帯となります。
環境温度を夜間平均温度で表現するのは多くのランにとって昼間の気温変化には耐性がありその範囲は広く、クールタイプであっても短時間であれば30℃程でも許容できます。一方、成長に重要なのは夜間の温度とされ、これは着生植物など夜間に生理的活動が活発になるためとされます。この活動には夜間の湿度がより重要であり、標高1,200m – 2,000mクラスの多くのランが生息する地域では1日の大半が霧で覆われる雲霧林(コケ林とかCloud Forest)が多く、また800mから1,200mクラスのハイランドやオープンフォレストでも多くの期間で昼間は太陽光が強く気温も30℃程になるものの、夕方から朝にかけては数メータ先も見えない程の濃い霧に覆われ、夜間の高湿度は成長に不可欠となっています。また同一種でありながら生息地が離れて分布している場合、低地から高地の広い標高範囲に生息することがあり、こうした種は比較的栽培許容温度は広い(前記温度帯の2つのタイプに跨る)ものの、厳密(目的の花色やサイズを得たいなど)にはその生息場所に合った栽培温度が必要となります。言い換えれば標高が不明な場合のこうした広域分布種は順化期間内あるいは栽培で適切な温度を見つけ出すことが必要となります。
ランの栽培をこれから始めようとする初心者や、ワーディアンケースあるいは温室などの栽培環境を造るのが難しい趣味家は、生息範囲が広い種を選ぶか、株数によってはかなりの重労働となりますが季節に応じて栽培場所を移動するなどの対応が必要となります。ランの栽培は難しいとよく言われますが、その種の適正な温度・湿度が用意できるかどうかの問題で、あとは水やりだけで上手く育つものです。どのような動植物でも生存に必要な環境があります。人間のように夏は薄着、冬は厚着で暑さ寒さを凌ぐことは植物にはできません。精々葉を落として乾燥や若干の寒さに一定期間ならば耐えられる程度です。
さて本題ですが、ネット販売のサイトを見ていたところ、ある品種の性質として”耐寒性のある品種”と書かれた表記がありました。その種はいわゆる上記で言えばクールタイプあるいはクールタイプに近い中温タイプとされるものです。読者がこの”耐寒性のある品種”のみの表記をどのように解釈されるかに興味をもった次第です。クールタイプを耐寒性がある品種とするのは間違いではありません。一般的には耐寒性があると言えば”寒さに強い”と解釈されます。ではその品種の暑さに関してはどうか、は書かれていません。この一文でそれが高温タイプあるいは一般的なカトレアとか胡蝶蘭原種などと同じ環境では育たない品種であることを、読者が理解できるかどうかが問題です。おそらく初心者の多くは、”耐寒性のある品種”と書かれていれば、カトレアや胡蝶蘭などの一般種に比べて寒さに強く、育て易い品種に違いないと思われるかも知れません。殆んどの種で現実はその逆です。
どうしてこのような問題が起こるかですが、多くの趣味家、特に原種マニアは常にマーケットにおいて珍しいあるいは新しい種を求めます。しかし人が住める場所や開拓が進む低地では新種の発見は、極めて小型の目立たない花種を除いて、10年以上前にほとんど終わり、orchideenなどドイツのジャーナルにおいても、メジャーな属の近年の新種発表の多くは1,000m以上のこれまで余り人の入ることのない地域の種が占めています。例外的に低地での発見もありますが、その多くはこれまでの紛争地帯で外部のコレクターが入ることの出来なかった場所です。すなわち新しい発見は未開拓の地域に移っていることは必然ですが、同時により一層高地に移りつつあり、その標高が年々高くなっています。その結果としてマーケットでも珍しい種はクールや中温タイプが増えることになります。これは寒さにも強い種が増えたと言うよりも、栽培の視点からは寒くないと生存できない種が増えたと考えるべきです。いわゆる高山植物です。マーケットでは、それなりの設備あるいは山上げのような対応が無ければ栽培が困難なこれらのタイプを、”耐寒性に強く耐暑性に弱い”などとの表現では売れなくなるかも知れず、長所のみを強調し、短所は語らずが販促上必要なのでしょう。敢えてその品種の特性をカタログに記載するのであれば、その温度タイプか、あるいは栽培に必要な温度範囲を何℃から何℃までと記載すべきと考えます。その文字数は”耐寒性のある品種”と変わりません。
趣味家の間では経験を通して、この株は暑さに弱いので7月ともなれば涼しい場所に移すとか、その逆に寒さに弱いので秋になれば早めに室内に取り込むなどの言葉が使われてきました。すなわち栽培の基本はその種の弱点を如何に補うかの気遣いにあります。言い換えれば、その種の弱点を知ることが優れた栽培者となり得る第一歩です。
情報の意図を理解したり、それぞれの種の生息環境に応じた栽培手法についての知識を得るには、とりわけ初心者にとっては、経験豊富な人たちがいる地元のラン愛好会、もし嗜好の合う愛好会が近辺に無い場合は全国規模の全蘭や蘭友会などに積極的に入会し情報を共有・交換することが有効です。本やネットから得る知識とはまた違って、経験者が語る知識やアドバイスを直接聞くことで、どれ程栽培の失敗による失望と損失を避けることが出来るであろうかと思います。