Phalaenopsis delicata

 少し難解な話です。Phal. delicataはフィリピン固有種で、E. A. Christenson氏の著書Phalaenopsis A Monographではvar. delicataとしてPhal. lueddemannianaの変種に分類され、その花画像も同著書のColor platesページに掲載されています。一方、ネットサイトPhals.netではPhal. lueddemanniana var. delicata名の欄には前者と全く異なったflavaタイプのようなフォームの花が掲載されています。本サイトのPhal. delicataの花画像はE. A. Christenson著書の画像とほぼ同じです。一方、J. Cootes氏の著書The Philippine Native Orchid SpeciesにはPhal. delicataの記載がありません。おそらくPhal. lueddemannianaの個体差の範囲との考えと思われます。

 このようにPhal. delicataの位置づけは確定していません。そこで本サイトでは10年ほど前にサンプルを多数所蔵していたことからPhal. lueddemannianaPhal. delicataとの違いを調べることにしました。Phal. delicataの花サイズはPhal. lueddemanniana に比べ小型であること以外は、セパル・ペタルおよび中央弁からは個体差の範囲内と見做されます。そこで分類上重要とされる中央弁基部にあるCallus形状を調べた結果、それぞれには大きな相違がありました。こうしたCallusの違いについては、他種ではPhal. amboinensisPhal. venosaPhal. fuscataPhal. kunstleriなどが分類判断データの一つとして用いられています。この状況から本サイトではこの両種については個体差ではなく、取り敢えずcomplex (近縁種)の関係と位置づけしました。

 そこで本題ですが、今年2月にPhal. bastianiiとして30株程をフィリピンから入荷したロットがあり、すでに何株かは開花しPhal. bastianiiを確認しているところです。その中で1昨日(4日)、花フォームがPhal. lueddemannianaに酷似するもののサイズが小さな花が開花しました。下写真1です。写真3は一般的なPhal. lueddemannianaと比較した画像です。そこでこの花のCallus形状を調べたところ、2分岐突起はanteriorとcentral位置の2組で、中央弁基部側にはPhal. lueddemannianaに見られる腺状突起が無い(写真2)ことが分かりました。これはPhal. delicataの形状であり、Phal. delicataPhal. bastianiiの株に混在していたことを意味します。写真4は参考に示すPhal. lueddemannianaのCallus形状で、posterior部には多数の腺状突起(棘のように突き出たもの)が見られ、写真2のCallus形状とは異なります。

写真1 Phal. delicata (Phal. lueddemanniana var. delicata)
写真2 Phal. delicata Callus on left flower
写真3 Comparison between Phal. delicata (L) and Phal. lueddemanniana (R)
写真4 Phal. lueddemanniana Callus

 そこで今後確認すべき課題が生まれました。この入荷したPhal. bastianiiの生息地はルソン島中央部の東海岸側エリアとされており、このエリアにはPhal. lueddemannianaも生息している地域です。となると、もしほぼ同じ地域内にPhal. delicataPhal. lueddemannianaが生息すれば現在の変種としての分類varは危うくなり、フォームとなります。変種の定義によれば地域的排他性が必要です。一方で、Callus形状が両者で大きく異なる相違があるにもかかわらずそれぞれをalba、flava、aureaの違いのようなフォームとしての区別で良いのかどうかです。取り敢えず本サイトが所有する30株および現地サプライヤーが在庫(本サイト用栽培ストックエリア)する100株ほどの中からPhal. lueddemannianaが現れるかどうかに注目です。

 こうした問題は販売上困ったもので、現地では類似種はPhal. lueddemanniana complexとして一括栽培をしています。しかし株形状だけでは前記した種名は判断できません。まして現地でCallus形状を調べ種を同定するようなスタッフは期待できません。たまたま開花した花を見て似た株同士を選択し出荷することが日常であり、この結果、入手したロット内で何が現れるか分からない状況にもなります。これでは花を確認しないで入荷時名のPhal. bastianiiで販売することもできず、一方で全株の開花を得るためには1-2年を要し、そんな悠長はことをしていてはビジネスとして成り立ちません。胡蝶蘭原種についてはこうした同定問題は少ないものの、新しい生息域からの野生栽培株を求めようとすればするほどデンドロビウムでは2-3割、バルボフィラムに至っては5割以上が開花を待たなければ種名か分からないのが現状です。今回のケースのような怪しげなロット内の開花前の株についてはPhal. lueddemanniana complexの中のどれが現れても良い、むしろその方が楽しいと言う奇特な方々に限っての販売となりそうです。